車載ソフトウェア開発とCG技術の連携で生まれる、実用的な自動運転シミュレーション

 

AIによる自動運転システムや次世代のAD/ADAS(先進運転支援システム)の開発において、3D CGを活用したシミュレーションの重要度が高まっている。テストコースや公道などでの実走行による従来型の評価を自動運転システムや次世代AD/ADASにも用いた場合、距離にして数億kmもの走行が必要になるといわれている。試験や検証作業が膨大になり、自動車メーカーやサプライヤーの開発体制には大きな負担となる。

 

3DCGによるバーチャル環境でのテストであれば、実在する道路を再現したり、周囲の車両や歩行者、天候などの条件を自由に変更したりすることが可能だ。実走行によるテストと3DCGを活用したシミュレーションの両輪で検証することにより、自動運転システムや次世代AD/ADASの開発をより効率的に進められる。それだけでなく、自動運転システムのバーチャルでの安全性評価について業界標準をつくろうという取り組みも欧州や日本で進められている。

 

 

 Green Hills Softwareの技術パートナーとして組み込みソフトウェアの開発ソリューションを展開するアドバンスド・データ・コントロールズ(ADaC)は、3DCGを活用したシミュレーションの重要性に早い段階で着目した企業である。2016年から自動運転システムのAI(人工知能)学習用の3DCGデータを提供してきた。今回、3DCGを扱うノウハウと車載ソフトウェア開発の知見を融合し、その体制の強化に乗り出す。

ボッシュのノウハウと日本の強みを組み合わせて実現

 

 

ADaCは2016年にCG映像製作会社のwiseと共同出資でバーテックス(VERTechs)を立ち上げた。wiseはCGやゲームエンジンを用いたリアルタイムレンダリング技術によるバーチャル映像の制作で多数の実績を持つ企業だ。最適なソフトウェア開発環境の提供に長年取り組んできたADaCは、wiseとの異業種連携によって3DCGとゲームエンジンUE4を活用した自動運転システム開発向けのバーチャル・シミュレーションに参入したのである。

 

2021年1月、ADaCはバーテックスを子会社化する。バーテックスの高品質なCG技術で、ADaCが命題とする“開発環境の見える化”を加速させるためだ。ADaC 代表取締役会長の河原隆氏は「最適なソフトウェア開発環境は、開発してソフトウェアがバーチャル環境で開発者の意図したとおりに動作・実行しているかを目視で検証するというところに行き着きます。AIの学習に必要な教師データから、開発したAIの挙動を確認するシミュレーターまで、バーテックスのCG技術が生きます」と語る。

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<ADaC 代表取締役会長の河原隆氏>

バーテックス 代表取締役の尾小山良哉氏は「ADaCはこれまで、目に見えないものをヒューマンロジックに近い形で開発できるようにすることを目指し、ソフトウェア開発に求められる商品群をそろえてきました。従来はそれがソースコードという表現だったが、これからはシミュレーションという形に進化していきます」と語る。

 

バーテックスの子会社化によって、自動車業界のソフトウェア開発の知見と、高品質な3D CG技術の融合を一層推進し、AD/ADASや自動運転システムのソフトウェア開発に不可欠となるツールを提供する。

バーテックスは「シミュレーターの会社」ではない!?

自動運転システムやAD/ADASの開発で使用するシミュレーションは、シミュレーション環境の「フレームワーク」と、バーチャル空間にどのような場面を構築して車両を走らせるかという「シナリオ」に分けることができる。欧州や日本で業界標準をつくろうとしている対象は、フレームワークの方である。

 

 

フレームワークについて、欧州ではPEGASUS ProjectやASAM(Association for Standardisation of Automation and Measuring Systems)といった自動車業界横断の団体において、シミュレーションツールやテストの自動化、データベースの他、これらをつなげるインタフェースについて仕様策定を進めている。日本では内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)が中心となり、バーチャル空間での安全性評価環境(DIVP:Driving Intelligence ValidationPlatform)の構築に取り組んでいる。

 

こうした日欧のシミュレーション環境のフレームワークでは、AD/ADASや自動運転システムのセンサーが認識不調となりうる条件を再現する機能の追加や、自動車アセスメント(NCAP)の試験項目の再現などについて議論されており、既に走行環境に関するデータのフォーマットがほぼ決まった。さらに、シナリオの仕様策定にも突入しており、自動運転システムが量産に向けて認証を受けるには、SIL(Software-in-the-Loop)ベースで1億以上のシナリオが求められると言われている。

 

こうした動向を踏まえると、3DCGを活用したシミュレーションは、開発における有効性を確認する段階から実際にフレームワーク構築やテスト環境データ作成によって実際に活用する段階に進まなければならない状況にあるといえる。

 

バーテックスがターゲットとしているのは、フレームワークではなくシナリオを構築しやすい環境の提供だ。尾小山氏は「ゲームに例えると、フレームワークがゲーム機本体で、シナリオがゲームソフトに相当するといえるでしょう。われわれは、開発中の“ゲーム機”のスタンダードの動向をきめ細かくフォローしながら、日本向けの“ゲームソフト”を提供する立場です。日本の交通事情や道路標識、交通ルールなどを織り込んだ、日本のためのシナリオ構築をサポートします。現在、欧州を中心に“ゲーム機”に当たるフレームワークの開発が加速していますが、まずは彼らの本拠地のある国や地域のシナリオ構築が優先されています。また、日本の特殊な交通環境を、海外のプレイヤーがすぐに取り込むのは難しいでしょう。自動車の市場規模が大きい地域から優先されることも考えられます。受け身で待っていると、日本で使う“ゲームソフト”があまりないという状況になりかねません」と市場を分析する。

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<バーテックス 代表取締役の尾小山良哉氏>

バーテックスでは欧州でリサーチに当たる担当者もおり、コンソーシアムやワーキンググループでのシミュレーション環境に関する議論の動向や、仕様の見通しを日本にフィードバックしている。

ここで、ADaCとバーテックスの連携の強みが発揮される。ADaCが把握している国内外の自動車業界の動向や、設立から38年間のADaCの実績を羅針盤とし、バーテックスで車載ソフトウェア開発のシミュレーションにおけるゲームエンジンの活用を進めることができるのだ。「自動車業界に向けた確固たる指針を持ってゲームエンジンを扱える会社はあまり多くありません。これがわれわれの最大の強みです」(尾小山氏)。

日本向けの“ゲームソフト”となる製品としては、「AUTO City」がある。ゲームエンジン「Unreal Engine」を、バーチャルな街を作る作業環境や、カメラなどセンサーのシミュレーションとして使うことができる。これまでバーテックスでは顧客の求めるシナリオを1点モノで受託開発する事業や、シナリオの部品となる3D CGデータの提供が中心だった。今回、「Unreal Engine」だけではなく、様々なシミュレーション環境の各種フレームワークと連携してシナリオを構築できる3D CGデータのアセットとしてアップデートした。尾小山氏は「料理の材料を提供するのではなく、料理ごと提供して材料の足し引きもできるようにしたのが、今回の特徴です」と説明する。

AUTO Cityは3つのソリューションで構成されている。バーチャルな街や道路のデータベースである「AUTO City:3DCG Database」。Unreal Engineの仮想の走行環境で走るクルマに搭載するカメラや、LiDARなどのバーチャルセンサーをパッケージ化した「AUTO City:Sensor Model Package」。Unreal Engineを自動運転システムのAIにつなげる「AUTO City:Plugin」の3つのソリューションで構成されている。必要に応じて、3つのソリューションはバラバラに使うことができる。バーチャルセンサーは、今後センサーメーカーが提供するものと連携していくことも視野に入れている。

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AUTOCity sensor viz.png

<図 AUTO Cityで提供するデータベースとバーチャルセンサーの例>

Unreal Engineは、CG映像を制作する作業環境としてはもちろん、物理的に正確な光の表現が可能であることを生かしてセンサーのシミュレーション環境としても使用できる長所を持ったゲームエンジンだ。元々ゲーム開発に向けたものなので、アップデートや進化のスピードも速い。自動車業界からみれば異分野の動向もいち早くキャッチアップし、自動運転システムやAD/ADASのシミュレーション環境に取り入れられる点も、バーテックスとADaCの強みだ。

日本のシナリオに特化したシミュレーションは、決して日系の自動車メーカーやサプライヤーだけのものではない。「日本の複雑な交通環境、特に市街地で自動運転車を実用化するには、かなりの年数を要するといわれています。しかし、よりよいソリューションがあれば、海外企業も日本向けの自動運転システムの開発に積極的になるのではないでしょうか。海外企業への提案も視野に入れて活動しています」(河原氏)。

 

バーチャルなモノづくりの将来

2016年から自動車業界に向けて3D CGによるシミュレーションを提案してきたADaCとバーテックス。車載ソフトウェア開発にCGを取り入れるのは自動車業界にとって目新しいことであり、浸透するまでの道のりは平坦ではなかったが、「市場があるのは間違いないと確信してやってきました」(尾小山氏)。現在は自動車メーカーが自ら「ソフトウェアファースト」な体制への移行を宣言するなど、ソフトウェアの重要性を認識し始めている。ソフトウェア開発にリソースを重点的に投入する企業も増えてきた。

 

ソフトウェアが担う機能はハードウェアと比べて増えており、複雑さも高まっている。自動車を含め、IoT(モノのインターネット)全般がその傾向にある。そのような環境において、プログラミングしたソフトウェアを実装し、実車に搭載するまで意図した通りに動作するかどうかが分からないという状況では限界が出てくる。「だからこそ、開発環境の“見える化”が必要で、ソフトウェアのエンジニアが自分のやっていることがすぐに分かる開発環境の提供が重要です」と河原氏は語る。

 

 尾小山氏は「従来のモノづくりのフィジカルな世界の在り方と、バーチャルの世界には分断があります。フィジカルの世界の延長線上にバーチャルの世界を足していくという考え方では、追加するバーチャルの世界が大きすぎると感じられるのではないでしょうか。バーチャルとリアルが共存したところからモノづくりを進めていく必要があると感じています。バーテックスはADaCの子会社となり、デジタルツインにつながるための技術が求められたときに応えられる存在を目指します」と語った。

写真③ADaCとバーテックスが協力体制を強化し、3D CGによるシミュレーション

<ADaCとバーテックスが協力体制を強化し、3D CGによるシミュレーションを自動車業界に広げる>

 

※出典表記

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転載元:TechFactory

TechFactory 2021年1月21日掲載記事より転載

本記事はTechFactoryより許諾を得て掲載しています

記事URL:https://techfactory.itmedia.co.jp/tf/articles/2101/20/news010.html

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